DEPARTURES



椿姫



 真冬でも濡れた様につややかな緑色をした、厚い葉々の間に咲き誇る、見事に花開いた朱色の椿。花ごと手折って髪に飾る、白い指先。そこに降り積む白い雪粉と、蘂から零れた黄色の花粉。薄く雪の降りた髪は、重たくぬばたまの黒色をしている。指の先で濡れた髪を梳き分けて、手折られて生木の白さを見せる枝を、簪のように挿す。
 頬の白さが仄かに浮かび上がる程の明るさである。雪の乗った石灯籠がぼんやりと淡い光を放ち、広い庭は真暗闇ではない。
 背伸びをし、悪戯にもう一枝折り取って、指の間に挟んだ。石の大きすぎる指輪のように、手の甲に鮮やかな花を咲かせた。
 伏せていた瞳が小さく動く。スイと身動きをした拍子に、髪に挿していた花簪がほどけ、結い上げた闇色の髪はふさりと落ちて、凍えた襟足を庇う。大ぶりの朱い椿は絹衣の肩を滑って、雪の庭に落ちる。落ちたはずみに満開の花は壊れて、朱色の花びらが血の痕のように、裸足の足元に散らばった。壊れた花にはもう興味を失ったように、小さな素足は花びらを踏みつけて、雪の上を歩き始める。
 さくり。さくり。軽い身体の分だけ雪が沈む。青白く凍えた踵が無造作に花の遺骸を散らして歩く。ゆるく肩に羽織っただけの緋色の打ち掛けが、裾を長く引きずって、雪に濡れる。袖を彩る縫い取りの椿は、生きた椿よりも色鮮やかに咲いている。紅い椿を咲かせた絹衣には、雪礫をかたどる白模様と闇を表した黒模様も織り込まれ、まるでこの庭の情景をそのまま写し取ったかのように見えた。
 ぞろりと長い裾を引き摺って、夢を見るように歩く。帯をゆるめだらしなく羽織った衣は、時折の風にヒラリと翻っては、白い足首を晒した。
 少し吹雪いてきたようである。雪の欠片が礫のように頬を叩く。冷たい風が唸る向こうで、カタリと小さな音が鳴った。
 凍えた足を止めると、花を挟んだ手をツイと上げて、顔を隠すように口元へ近づけた。肉の厚い大きな花びらをひとひら、薄い唇に挟んで千切ると、残りの花を、目の前の男に差し出した。
 黒い長靴(ちょうか)を濡らして、男は雪の中に立っていた。
 固い庇のついた平たい帽子にもカァキ色の制服にも、雪は薄く降り積もっていた。
 「・・・・Ma Camelia」
 男が、相手には分からぬ言葉で呟いた。椿を額に当てるように、花を持つ手の前に跪く。
 洗礼のように、男の額に冷たい指が触れる。凍った花がさわる。雪は、男も花手折るひとも同じ優しさでくるみ込み、同じ残酷さで体温を奪ってゆく。男は、教会で祈るのと同じように胸の前で手を組み、神託を待つ礼拝者のように、静かにその声を待っていた。
 「戻ってきなさい」
 果たして、椿の花が彼の額を離れた。はたり、とそれは雪の上に転がって、今度は壊れることなくそこで咲き続けた。
 「もう一度ここへ戻ってくると・・・・そう誓いなさい」
 薄い唇が咥えていた花びらは落ちて、粉雪の中をヒラリと舞った。
 「今、ここで・・・」
 「・・・・・・Ma Beaute aux Camelias」
 男はもう一度言った。
 「戻ってきましょう。もう一度、必ず。ここに。この庭に。あなたの前に・・・・必ず」
 「何時」
 「何時か・・・何時かまた、この庭に椿の咲く頃に」
 それでは約束にならぬ、と、花を手放したひとは歌うように笑った。その声と共に、とうに凍りついてしまっていたように見えた裸足の爪先が一歩動いた。ヒラリと打ち掛けの裾が翻って、花より紅い絹衣が舞い、痛いほどに白い踵を、刹那だけ露わにした。その足が優雅に動いて、惜し気もなく、雪の上の花を躙った。
 「それでは何の約束にもならぬよ」
 最後に一輪立ち残った椿は、血の気を失くした素足で、地に落ちた花びらを弄った。
 「椿が咲けば帰ってくるのなら、何時までもこの椿、狂い咲かせておくだけのことではないか?」
 「Ma Beaute aux Camelias」
 三たび、男は、椿の知らぬ異国の言葉で呼んだ。美しい椿は、その名で呼ばれることに慣れている様であった。
 「直ぐにでも、帰ってきましょう。あなたが待つのならば。何時でも、待っていて下さるのなら」
 「直ぐに?・・・・あぁ、本当に、直ぐに?」
 「えぇ。必ず、直ぐに」
 跪いた男はそのまま屈み込んで、花を弄る素足に口付けた。椿は凍え切っていて何も感じなかったが、小さく美しい足は鋭い木枝に裂かれて、傷を作っていたのだ。
 踏み躙られた花びらの傍に、椿の流した血が滴って、白い雪をぽつり、ぽつり、と染める。
 「この傷の癒えぬうちに?」
 「それは・・・・・・」
 額づく男は一度言い澱んだけれど、
 「えぇ。必ず」
 そう誓いの言葉を口に乗せて、男はもう一度、冷た過ぎる爪先に口づけた。
 もう良い、と椿は囁いて、男を立ち上がらせる。
 立ち上がった背の高い男を顎を上げて見つめ、椿は静かに告げる。
 「忘れないでお行きね。戻ってこなければ、この花のようになって仕舞うよ」
 雪の上に無残に散った花びらを指して、椿は自分の胸に手の平を当てる。男は頷くと、その手を取って自分の胸に引き寄せた。フワリ、と風が起こって、椿は散らずに、男に摘み取られる。
 「散らせはしない」
 「嘘。直ぐに散らすくせに」
 「あなたを散らすのは、僕が、戻ってきた時だ」
 それまで散ってはいけない。男は押し殺した低い声で告げた。
 「・・・・・・戻ってきて」
 手折られた椿が最後の悲鳴を上げる。
 「必ず」
 その時は・・・・・・、男は決してその先は言わぬ。けれど椿には分かっている。
 美しい椿は目を閉じる。雪が感覚のない頬を礫のように打つ。その雪を拭う指の温もりを感じながら、花ごと摘み取られた椿は、眠るように男に凭れた。



Fin  02/01/07 AM03:55
02/01/07 PM01:06












耽美に挑戦(笑)。一体全体ディパチのどこをどうひねったらこんな話が出てくるんでしょう(笑)。我ながら謎だ。
歌詞がどうこう、というよりは、アルバムバージョンのイントロできこえてくるしっとりとしたピアノ、あの辺りから想像した話なので、歌なしのインスバージョンでもききながら読まれると、ちょっとはいいのかもしれません。

今年のお正月ごろに何故か突然「椿っていいよね」というわけの分からないブームが来てしまって、携帯メールで打っては友人にムリヤリに送りつけたショートショートが、このお話の原型です。
それにしても、文章が堅苦しいです(笑)。短いんだからがんばって大人っぽい文章で通してみようと思ったんですが、行き過ぎました。
イメージは、大正〜昭和初期くらいの、遊郭。「男」は軍人かなんかだと思ってください。久世光彦の世界です。ビバ戦前浪漫。

「Ma Beaute aux Camelias」は、「椿姫」のような意味。
本当は「La Dame aux Camelias」で「椿姫」と訳すのが正しいのですが、「Dame」という言葉からはどうも洋風の華やかな貴婦人のイメージしか浮かんでこないので、ちょっと変えてみました(←どうでもいいこだわり)。

この壁紙、素敵でしょう?

花をモチーフにした壁紙というと、9割がた「桜」か「薔薇」で・・・
「闇と椿と雪」という壁紙を見つけるのに苦労しました。
ぐらん・ふくや・かふぇさんから頂きました。和モノが充実していらっしゃいます。